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Shin Sugawara // 菅原真

第1章│古代 ― 戦争と文明の同時誕生

0. 古代の範囲

 ここでいう「古代」とは、紀元前3000年頃の文明誕生から、西ローマ帝国の崩壊(476年)までを含む。
 文明が形を取り始めた時代から、帝国がヨーロッパ・アジア・アフリカをまたぐ規模に広がるまでの時代は、すべて戦争とともにあった。
 平和は一瞬の空白であり、ほとんど記録に残らない幻影である。


1. 文明の誕生と戦争の制度化

 メソポタミアやエジプト、中国の初期文明は、農業と都市を基盤に発展した。
 しかし都市の誕生は即座に戦争の誕生でもあった。都市を囲む城壁は、外敵を想定しなければ建てられない。
 ここに見えるのは、文明が「平和の産物」ではなく、むしろ「戦争を常態とした準備」の上に築かれたという逆説である。


2. 英雄叙事詩と戦争の意味づけ

 古代の思想家はまだ「哲学者」ではなく、叙事詩人や神話の語り手だった。

 詩人たちはすでに、戦争を「例外的悲劇」ではなく「人間存在の鏡」として語っていたのである。


3. ギリシア思想における戦争

 古代ギリシアの哲学者たちは、戦争を避けられない人間の条件として捉え始めた。


4. 中国思想と戦争

 東アジアでも同時期に、戦争は思想の核心にあった。

 中国思想においても、戦争は異常事態ではなく、人間と社会を形作る必然の場として語られていた。


5. ローマと「平和の幻」

 ローマ帝国は「パクス・ロマーナ (紀元前27年~西暦180年)」と呼ばれる平和を誇った。
 だがそれは帝国の境界での絶え間ない戦争の上に成り立つ「内部の平和」にすぎない。
 ストア派の哲学者 マルクス・アウレリウス (121年–180年) 自身も皇帝としてゲルマン人との戦争に生涯を費やした。
 ここに「平和の幻影」が鮮明になる。


6. 古代主要戦争の年表(思想史の視点を交えて)

  • 紀元前1274年カデシュの戦い(エジプト vs ヒッタイト) ― 「最古の和平条約」は次の戦争のための休止符にすぎない。
  • 紀元前499年~紀元前449年ペルシア戦争 ― ヘロドトスが「歴史」として記録。
  • 紀元前431年~紀元前404年ペロポネソス戦争 ― トゥキディデスが人間の欲望を原因と指摘。
  • 紀元前6世紀頃: 孫子『兵法』 ― 「戦わずして勝つ」を説くも、戦争常態を前提。
  • 紀元前313年~紀元前238年: 荀子 ― 「人の性は悪」とし、軍事を秩序維持の要と説く。
  • 紀元前27年~西暦180年パクス・ロマーナ ― 「平和」と呼ばれるものの実態は外部戦争の連続。

7. 次章への予告

 次章では、中世を舞台に「宗教と秩序の戦争化」を取り上げる。 十字軍 (1096年~1291年)モンゴル帝国 (1206年~1368年)戦国時代 (1467年~1615年) などを思想史の視点で検証し、宗教と封建秩序が戦争をどのように正当化し、制度化したかを明らかにする。


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