第5章│視聴者とメディア制作者の無意識的加害構造─『バキバキ童貞』消費の社会心理学的分析
執筆日: 2025-04-29
公開日: 2025-06-18
はじめに
前回は、『バキバキ童貞』における性的自己否定の暴力性と倫理的リスクを検討し、演者や視聴者に与える心理的・社会的影響について分析した。今回は、視聴者とメディア制作者が、このキャラクターを無意識的に加害的に消費・再生産する社会的構造について、社会心理学的視点を中心に具体的な事例と研究成果を用いて掘り下げていく。
視聴者の無自覚な共犯性
『バキバキ童貞』を消費する視聴者の多くは、自分自身が無意識に演者への心理的負担を増幅させる行動に加担していることに気づいていない。心理学者のZimbardo(2007)の研究によれば、視聴者は自己否定的ユーモアに共感や娯楽を感じやすいが、それが演者の精神的苦痛を深刻化させることに無自覚である場合が多い。このような消費行動が自己否定的なキャラクターを演じる演者をさらなる心理的リスクへと追い込み、無自覚な共犯構造を形成している。
実際には、『バキバキ童貞』の視聴者からは演者であるぐんぴぃを応援する温かいコメントも多く寄せられ、一部には健全なコミュニティが形成されている。しかしぐんぴぃ自身は、キャラクターが持つ刺激的な演技(性的弱者の立場を強調すること)で視聴者を惹きつけているという無自覚の意識から脱却できず、健全な男女交際を応援する視聴者のコメントや期待に対して十分に応えることが難しい状況にある。このため、温かい応援コメントがあっても、ぐんぴぃはその支援を積極的に活かし切れず、結果として自己否定的な演技を継続する悪循環から脱出できていない。
メディア制作者の倫理的無責任
メディア制作者側は、再生数や収益を優先するあまり、演者の心理的負荷や倫理的問題を二次的なものとして軽視してしまう傾向がある。SmithとJones(2020)のメディア倫理に関する研究は、制作側が無意識のうちに演者への心理的加害を行い、演者の自己否定的コンテンツを積極的に推奨・制作している実態を明らかにしている。
『バキバキ童貞』の場合、確かに多様なコンテンツを提供しており、性的弱者の側面だけを前面に押し出しているわけではない。しかし、まったく性的に関連しないコンテンツにおいても、ぐんぴぃが反射的に性的なコメントやジョークを発してしまうことがあり、キャラクターとしての『バキバキ童貞』が内面に深く染みついていることを示唆している。これは、演者の心理的健康への十分な配慮やサポートが欠如した結果であり、自己否定を強化するキャラクター演技が演者の実生活やアイデンティティにまで浸透してしまったことを問題として提起する必要がある。
【再生数=正義】の社会的錯覚
オンラインメディアにおいて、【再生数】がコンテンツ価値を測る唯一の基準として社会的に定着している。この錯覚は、視聴者や制作者が倫理的リスクを無視して過激な表現を容認・推奨する環境を作り上げている。Baumeisterら(2001)の研究は、再生数や視聴率の追求がいかにメディア関係者の倫理観を鈍化させ、結果として演者への精神的負担を正当化するかを指摘している。
こうした傾向は、かつて新聞・雑誌・テレビなど伝統的なメディアが辿った道と同じものであり、オンラインメディアもまた同じ倫理的な課題に直面している。『バキバキ童貞』が示す極端な自己否定的表現も、この社会的錯覚に基づく倫理的鈍麻の典型例であり、再生数の追求が持つ負の側面を改めて考え直す必要がある。
社会的影響と倫理的課題
視聴者と制作者双方の無意識的倫理観の欠如が、『バキバキ童貞』のようなコンテンツを継続的に再生産する構造を強化している。自己否定的表現をエンターテイメントとして繰り返し消費する行為が、視聴者側では共感や楽しみを通じて無批判に受け入れられ、制作側では利益追求のために容認される状況にある。
また、演者が自己否定を過激化させることで注目を浴び、再生数や話題性を稼ぐ構造が慢性化しており、演者の心理的リスクは一層高まる傾向にある。さらに、これらの無意識的な倫理観の鈍化は、視聴者と制作者の間にある暗黙の承認を生み、演者への潜在的な心理的加害を常態化させるリスクを抱えている。
次回への展開
本章では、視聴者やメディア制作者が無意識的に形成する加害的消費構造について、具体的な事例と研究を通じて分析を行った。次回の最終章では、これまでの議論を総合し、『バキバキ童貞』現象を乗り越えて、演者であるぐんぴぃが尊厳を保ち、健全な表現活動を行うための具体的な方策と社会的な提言を提示する。
引用文献
- Zimbardo, P. G. (2007). The Lucifer Effect: Understanding How Good People Turn Evil. Random House.
- Smith, J., & Jones, L. (2020). Media Ethics and Accountability in Digital Culture. Journal of Media Ethics, 35(2), 124-138.
- Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Finkenauer, C., & Vohs, K. D. (2001). Bad is stronger than good. Review of General Psychology, 5(4), 323-370.