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Shin Sugawara // 菅原真

第3章│キャラクター経済と演者の内面分離の限界─YouTube時代の表現活動と心理的リスク

問題提起

 芸人ぐんぴぃは、『バキバキ童貞』というキャラクターを特定のYouTubeチャンネルのみに限定し、それ以外のお笑い活動は別チャンネルで行うことで、表現活動の一部として限定的に位置づけている。しかし、いくらコンテンツを限定化しようとも、自己否定的なキャラクターを演じることが演者の心理的健康に与える潜在的リスクは軽減されない。本稿ではキャラクター経済に伴う心理的リスク(※)について、表現活動の分離という方法の限界を具体的な事例や研究成果を踏まえて掘り下げる。

第2章│心理的影響の分析─『バキバキ童貞』演技とトラウマの再生産参照


キャラクター経済と心理的リスクの相互作用

 YouTubeを中心とする現代メディア環境において、【キャラクター経済】とは、特定の演者が独自のキャラクターを明確に定義し、それを継続的に維持・展開することで視聴者との強力な繋がりや共感を形成する経済モデルを指す。一見すると、明確なキャラクター性を打ち出すことは、演者自身の個性や私生活とは切り離された役割として振る舞えるため、演者の心理的負荷を管理可能にするかに見える。

 しかし、キャラクター経済には構造的な限界が存在する。第一に、演じるキャラクターが自己否定や過激なパフォーマンスを特徴としている場合、演者自身がそのキャラクターと自身の心理的境界を維持することは難しい。キャラクターとしての振る舞いが、徐々に演者の本来の自己認識や人格形成に浸透し、知らぬ間に現実の自己評価や自尊心に影響を与える。

 さらに、キャラクター経済は視聴者の期待を常に満たすために、演者がキャラクターを逸脱する自由を極度に制限する。その結果、演者が精神的負担を感じてもキャラクター性の維持を強要され、ストレスやバーンアウトを引き起こすリスクが高まる。SNSやネット社会の瞬間的な評価と反応に依存するこのモデルでは、演者は自己の不安や疲労を十分に認識し、管理する余裕が奪われる。

 加えて、キャラクター経済の中で築かれたファンとの関係性は、往々にして演者個人ではなくキャラクターそのものに対して向けられている。演者がキャラクターを超えた真の自己や個人的な課題を開示すると、視聴者からの反発や批判、場合によっては炎上の対象となり、深刻な精神的ダメージを受けるケースも珍しくない。

 以上の点から、キャラクター経済は短期的な収益性や視聴者獲得に有利である反面、演者個人の心理的リスクを極めて高める構造的限界を抱えている。


コンテンツ分離戦略の限界

 ぐんぴぃが行うコンテンツ分離戦略は、一見すると心理的リスクの軽減策である。しかし、演者が自己否定的キャラクターを継続して演じること自体が、心理的な負荷を長期的に蓄積させる原因となる。実際のコメディアンの事例では、ステージ上での自己卑下的表現が精神的苦痛や自己否定感を慢性化させることが確認されている。Gary GulmanやChris Gethardなどの著名な演者は、自身がパフォーマンスを通じて精神的苦痛を再体験し、うつや不安障害の症状を悪化させていると公言している(Gethard, 2019; Gulman, 2020)。

 また、【悲しい道化師(sad clown paradox)】という現象に代表されるように、ネガティブなキャラクターの反復演技が演者の心理的負荷を蓄積させ、トラウマの強化や抑うつ傾向を慢性化させるリスクが広く認識されている(Janus & Murdoch, 2018)。特に演技を繰り返すことによって、演者自身が自己否定を自己アイデンティティの一部として内在化するリスクが高まり、精神的健康に深刻な悪影響を及ぼす可能性がある。

 これらの研究や事例から、自己否定型の演技活動が持つ心理的リスクはコンテンツの区分だけで管理できるものではなく、長期的な視点での対策が必要であることが明白となる。


次回への展開

 本章ではキャラクター経済における演者の心理的負荷を具体的な研究や事例を通じて掘り下げ、キャラクター演技が自己否定やトラウマの再生産に与える影響について考察した。次章では、演じるキャラクターが特に性的な自己否定を含む場合、そこに内包される暴力性や倫理的なリスクがいかに演者の精神的健康を脅かすかを詳しく分析する。

 具体的には、性的自己否定的なキャラクターが持つ心理的暴力性とその社会的影響について掘り下げ、さらに自己認識とキャラクターの境界が曖昧化する問題についても検証する。また、こうしたキャラクター演技を支えるメディア制作の現場における倫理的課題や責任の所在についても明確化する。これらの分析を通じて、演者の心理的安全性と社会的責任のバランスをどのように取るべきかについて提言を行う予定である。


引用文献

  • Martin, R. A., Puhlik-Doris, P., Larsen, G., Gray, J., & Weir, K. (2003). Individual differences in uses of humor and their relation to psychological well-being: Development of the Humor Styles Questionnaire. Journal of Research in Personality, 37(1), 48-75.
  • Janus, S. I., & Murdoch, E. (2018). The Sad Clown Paradox: Humor and Mental Health. Journal of Mental Health Research in Intellectual Disabilities, 11(2), 85-99.
  • Gulman, G. (2020). Interview on Comedy and Mental Health. NPR.
  • Gethard, C. (2019). Losing Well. HarperOne.

シリーズ記事